「自己肯定感」よく耳にする言葉ですし、これを高めておくことは自分にも子供にとってもいいものだ!!と感じるのはごく当たり前かと思います。この自己肯定感は必ずしも子供達のためになるのでしょうか?ちょっと面白い海外のコラムがありましたので紹介します。案外、我々も子供に「やっちゃってるなぁ・・」と思う事もあるかもしれません。
今日取り上げる記事は、「Psychology Today」というアメリカの心理学専門マガジンからの内容を引用しています。この雑誌は、人間関係の問題、性格上の問題、結婚・恋愛問題、夢など、精神的なものが関わってくるあらゆる領域をカバーしているものです。医学系論文を引用していたり、その著者の内容を取り上げたりしており結構奥が深いです。その内容を大衆向けにフランクな体裁でまとめている雑誌です。
この雑誌でJohn Amodeo, Ph.D(ジョン・アモデオ)氏が書かれたコラムがありましたので紹介します。

【著者紹介】John Amodeo, Ph.D:この方は20年以上にわたり、個人やカップルなどの人間関係についてを研究し、実際にカウンセリングを通じてます。児童カウンセラーのライセンスも持たれていて子供の心についての造詣もある医学博士です。
子供の愛着形成は、人から求められ愛されていると感じる事で成り立っています。子供自身が親から「特別な存在なんだ」と感じる事で、子供の内面強化や自己肯定感に繋がると一般的に言われています。
ただ、「特別な存在になりたい」というレベルは大事な人に対してなのか?それとも社会での自分の存在なのか?
つまり、内向きなのか?外向きなのか?という解釈になると全く違ってきます。実はこれは自己肯定感ではなく、自尊心の方であると考えられています。自己肯定感は内向きな肯定感、自尊心は他者からの肯定を基とする肯定感と分類されています。
身内や友達や恋人から「私の存在が大事にされている」という感覚と、
社会的に「私は他者より優れているから大事にされている」という感覚では全く違うという事です。
ジョン・アモデオ氏は自身のカウンセリングを受けに来る方々もこの点を誤解をされている方が多いと述べています。
それは「私の両親はいつも、『あなたは他の人とは違う。あなたは特別な存在なのだから “」といわれ続け、その印象のまま成長してきてしまった方々の事を指しているようです。
一見、この言葉は、親側が子供の事を想い、寄り添っているからこそ出てきた言葉でもあり、本来はポジティブなメッセージのように感じるものであります。しかし、ジョン氏はこれが逆効果になる可能性が高いと指摘しています。
その理由としては、
①特別な存在であるという事は、「そういう存在にならなければならない」という重荷を子供に背負わせることになる
②特別な存在になるために、そのようなふるまいや外見をしていかねばならないという強迫感を持つケースもある
③特別な存在になるために、本来の自分を押し殺し、他者に無理に合わせようとして疲弊してしまう
④特別な存在であるために、自己をしっかりと持ちプライドを高く持たなければならないという思い込みに繋がる
⑤特別な存在であるからこそ、他者に頼らずに自分の力だけで物事を解決しようとしてしまう
という点をジョン氏は指摘しています。
また具体例も挙げていますが、実際にカウンセリングを受けた成人女性の方で、COVID-19の影響で職を失い、わずかな蓄えしかないにも関わらず「自分は特別な人」というイメージを強く持ち過ぎていたため、公的支援の申請を拒んだようです。つまりこの方の世界観では「特別な人は、手当なんてあてにせずに自分の力でやりぬかないといけない。支援を受けるのは弱い事だ」と思い込んでしまったとのことです。
本来は自己肯定感と共に自己を支えてくれるはずの自尊心が敵に回ってしまうようなものかもしれません。
極端なケースかもしれませんが、例えば身近な日本の場合だったらどうなのか?ちょっと具体的に考えてみたいと思います。
①都会で生活していた人が田舎に移住した際に、都会のイメージを持ったままだったため移住先の人に嫌われた
②素直に「知らない」と言えばいいのに、「知ったかぶり」をして周りの目を引こうとして失敗
③高価な車を乗り回しているから自分は特別なんだ。いまさら軽自動車なんかに乗り換えられるか!
④俺は社長だった男だぞ、破産なんかできるか!それに生活保護なんて受けられるか!!
などのように、日本版「特別な存在でいなければならない」というケースも無意識のうちに出ているのかもしれません。
先ほどのジョン氏のところに来た成人女性に話を戻しますが、ジョン氏のカウンセリングを受けて、この女性は「特別な存在でいなければならない」ことに重荷を感じていたようでしたが、背負う必要はない事と、「自分の価値を見栄えや振る舞いによって変化させる必要はない」事を知り、心身の回復を図れたようです。

この間違った解釈の「自己肯定感」は「ゆがんだ自尊心」として、世界共通の問題点でもありそうです。また令和の時代だけではなく、過去からも問題視されていたポイントかとも思えます。これが、歴史から考えても、疑心暗鬼に陥ったり、人間関係を難しくしたり、素直になれないので自分の可能性を狭めてしまう事にも繋がってきたのかもしれません。
では一体どう考えて行くべきなのか?ジョン氏の述べている内容に加えて、私の考えも加えて提示します。
①世の中は人それぞれで自分に合う人合わない人がいる。それを再認識して無理に比べたり付き合わない事
②まずは人の事よりも、自分の純粋な気持ちを尊重する
③自分の方向性に合っていればそれでいい、違っていたのならば「それはそれで一つの考え」と割り切って受け止める
④自分の長所と短所を再確認して、喜びを分かち合える人と親密になっていく(無理して関係を作る必要もない)
⑤完璧主義な点は、むしろ自分が何もせず完成させなければ他者から非難されることもない。敢えて離れてみる
⑥自分にも長所もあれば短所もある、他者もそうだ。だからすべてで勝つ必要はないし恥ずかしい事ではないと自覚する
⑦自己肯定感は自身のユニークな点に感じる事であり他者と比べる事ではないという原点を理解する
⑧自身の認知がしっかりしていれば、立場は低くても、お金がなくても、能力が足りなくても存在価値があると自覚する
要するに、他者と自分を比べてしまう自尊心が自己肯定感が狂わせてしまうという事なのかもしれません。
親側の我々としては、良かれと思って子供に対して『あなたは他の人とは違う。あなたは特別な存在なのだから 」というエールを送ってしまいがちですが、相手側の認知が異なってしまうと、ねじ曲がったままの自己肯定感を抱えたまま育っていってしまうかもしれません。自己肯定感は、内なるものであり、外に向けられるものではないという事も添えて伝えていく必要がありそうです。
今回の私個人の大きな学びとして、「自己肯定感は内なるものであり、外に向けられるものではない。外に向けられてしまう(比較対象を作る)と他者との軋轢を生み、自分自身に無理をさせてしまう諸刃の剣となってしまう」「自己肯定感と自尊心は異なる。どちらも重要な概念だが、自尊心が強くなりすぎると、他者比較を意識しすぎてしまい生き辛くなる」という点です。
言葉は時として相手に異なる受け取り方をさせてしまいます。なので、親が子に伝えてあげる際には、その真意をしっかり添えて伝えて行ってあげる事が、日本の令和時代の子育てにおいても重要になってきそうですね。

また、自己肯定感という言葉にしがみついてしまう事がより一層、親も子も無理をしてしまう根本なのかもしれません。
自己を「肯定」するよりも自己を「否定」しない事が重要なのかもしれません。
そのことは下記の本から、「日本における自己肯定感の在り方」について触れていますのでご覧になってみて下さい。
皆様のより良い「自己を否定せずに、そのままでいいんだという肯定」に繋がる理解の一助になりましたら幸いです。

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