【徹底検証】無痛分娩の硬膜外麻酔はASDのリスクを高めるのか?

安心安全なお産。ストレスから開放され、新たな生命を迎え入れるためにはどうしたらよいか?これは究極のテーマでもありますよね。

時代とともに医療も進歩し、日本のお産の医療レベルも高く、出生前のリスクも同定しやすくなっています。その「お産」に゙関連する医療技術の一環として注目されているのが「無痛分娩」です。無痛分娩とは、出産時の痛みを軽減するための医療技術です。通常、麻酔薬を使用して分娩時の痛みを和らげます。

なるべく痛みをなくし、ストレスフリーでお産を迎えたい。そういう需要も大きいかと思います。その一環で無痛分娩の安全性はどうか?という点がクローズアップされています。

最近の報告の中で、目立つものとして「無痛分娩時の硬膜外麻酔が自閉症スペクトラム(ASD)のリスクを高めるのでは?」というものでした。

最近増えている無痛分娩。2023年の統計では23%ほどと言われており、2021年の14%から増えてきている事がわかります。お産における大きなメリットとしては、
✅予定日を決めて計画的に出産できる
✅手術中の麻酔のため痛みを感じない

という点が大きなメリットとしてあげられるでしょう。

ここで挙げている「麻酔」。それは「硬膜外麻酔」というもので、お産時に痛みを伝える脊髄部分にカテーテルで麻酔薬を少量投与して痛みを和らげる目的のために使用されるものとなっています。

実は、過去からこの硬膜外麻酔がASDのリスク因子ではないか?という議論が結構なされていたんですよね。そうなると安全性神話が強い日本では不安になることは間違いないでしょう。硬膜外麻酔が本当に神経発達症(いわゆる発達障がいとしてのASDやADHDを引き起こすのか?)という点はClinical Question(臨床上の疑問点)として医療従事者たちの中でも検証が進められてきました。

そこで今日は過去の出来事から今の最新状況を踏まえて傾向をまとめました。無痛分娩に対する正しい理解と、安心安全のためのお産の際の参考にして頂ければ幸いです。

目次

そもそもなぜ硬膜外麻酔がASDに関連すると言われたか?

遡れば2004年・・・。いまから20年くらい前ですが、このような論文が発表されたのが契機となっています。

オーストラリアからの報告で、ASDと診断された465名を対象にコントロール群と比較した研究です。どういう因子がASDと関連しているのか?を調査した所、高齢出産、硬膜外麻酔の使用、陣痛誘発剤の使用、分娩時間の長さなどが挙がっていました。

また、アメリカのトリニティ大学での2016年の論文で、小規模な検証で陣痛誘発座位や硬膜外麻酔がASDのリスクに繋がるという報告も出ています。しかしこれも小規模な報告なので注意が必要です。小規模だからこそちょっとしたことで差がつきやすかったという背景もあるからです。

ただしこれらの研究では、ASDと硬膜外麻酔のメカニズムはほぼ不明な状況で、結果論ではないか?また、母親の環境やお産状況など他の因子も有り得るのではないか?ということで各国で追加研究がなされることになりました。

ではなぜ、硬膜外麻酔がASDに関連してしまうのでしょうか?

硬膜外麻酔がASDになぜ関連するのか?

硬膜外麻酔が神経発達症(特にASD)に関わるの?なんで?と聞かれても、当時の研究者たちは困ったでしょう。だって、明確なメカニズムが不明のままだったのですから。しかも積み上げられる研究結果は、「結果論」となっており、その機序解明のために動いている研究はほぼない状況でもあったからです。

その中で、仮説としてあげられている内容を下記にお示しします。(あくまでも論文中で語られている仮説です)

✅硬膜外麻酔は胎盤を通じて母体及び胎児に移行
✅母体に何かしらの影響があるかもしれない
✅網膜外麻酔は母体の免疫機構を活性化する
✅免疫的にIL-6の産生で母体を守るが、一方で胎児の神経炎症にも関連するかもしれない

といろいろ語られていますが、実際の所、どこまで母体や胎児に影響を及ぼしているのかは不明です。上記の検証もほぼ動物実験で得られたものが主体となっており、ヒトではやはり倫理的な観点や、麻酔の消失時間の速さから検討は難しいという背景もあります。

であるからこそ、結果論で検討する必要があり、それだけ大規模な例数で再現性のある検証が必要であるということにもなっていました。

続々と続く硬膜外麻酔とASDの関連研究

上記の試験結果を受けて、大規模なデータを使って検証した団体があります。

アメリカからの論文で無痛分娩時の硬膜外麻酔の長期の安全性について調べた報告です。14万7895例ものデータを用いて、無痛分娩対応の10万9719例(全体の74.2%)を解析したデータです。

🔴硬膜外麻酔がASDのリスクを高める可能性?
【原文】Association Between Epidural Analgesia During Labor and Risk of Autism Spectrum Disorders in Offspring
【和文】分娩時の硬膜外鎮痛と子供の自閉症スペクトラム障害リスクとの関連性
【雑誌】JAMA Pediatr.2020 Dec 1;174(12):1168-1175.(ボールドウィンパーク・メディカルセンター:アメリカ)
【URL】https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33044486/
【インパクトファクター】10.8

【目的】 母親のLEA曝露と子供の自閉症スペクトラム(ASD)リスクとの関連を評価 主要アウトカムはASDの臨床診断

✅硬膜外麻酔で出産児109719人のうち、ASDと診断されたのは無痛分娩群で1.9%、未実施群で1.3%だった
✅硬膜外麻酔の時間が長くなればなるほどASDリスクの有意な増加が確認されていた

という結果になっています。頻度上ではほぼ違いはないように見えますが、硬膜外麻酔の時間がながければ長い(8時間以上)であった場合に46%ASDのリスクが増大していたという結果になっています。

無痛分娩は、一般的に初産の場合は14時間、経産(第二子以降)の場合は約8時間と言われてます。ただ硬膜外麻酔が使用されてるのは子宮口が5cm程度拡がってから麻酔を開始することが多いとされており、30分から1時間半。そこから追加することはないので、よほどでなければ8時間以上もかかることはまず少ないかと思います。

この論文の結論としてはASDリスクを上げると言われていますが・・・注意が必要です!

硬膜外麻酔が原因というよりかは、それほどの難産やその他の周産期の問題のほうが大きいように思われるからです。そのため、さらなるデータが必要ということになっています。

次に報告になったのが更に大規模な解析を行った論文になります。

🔴大規模解析!硬膜外麻酔がASDのリスクを高める可能性は?
【原文】Association of Epidural Analgesia During Labor and Delivery With Autism Spectrum Disorder in Offspring
【和文】分娩時の硬膜外麻酔と子供の自閉症スペクトラム障害との関連性
【雑誌】JAMA.2021 Sep 28;326(12):1178-1185. (ブリティッシュコロンビア大学:カナダ)
【URL】https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34581736/
【インパクトファクター】157.34

【背景】 分娩時の硬膜外麻酔使用と子どものASDリスクとの関連を調査した研究から得られたエビデンスは一貫していない

【目的】 ASD児の出産データから分娩時の母親の硬膜外麻酔使用と子供のASDとの関連を評価

【結果】
✅38万8254例(女性49.8%)で平均9年フォローし、5192名(1.34%)がASDと診断
✅硬膜外麻酔で産まれたのは111480例だった
✅硬膜外麻酔実施ではASDは1.53%で未実施では1.26。リスク比は1.09だった
✅硬膜外麻酔使用におけるASD増加は見られなかった

2020年に報告されたデータに続き、より大規模ななケースで検討。過去のデータよりもリスクは低いという結果になってます。背景には色々な交絡因子(母親の状態やお産環境、遺伝背景など)が絡んでいるかもしれません。そもそも無痛分娩というよりかは、もともとの母親の状態や環境に大きく依存する可能性もあります。

結論としてこの大規模報告では、硬膜外麻酔がASDのリスクを高めることはないとされています。

では直近の2023年のデータはどうなっているでしょう?ヨーロッパからのデータで今度は449万8492例のデータを引っ張ってきたのだからとんでもない。

🔴脅威の450万例以上の大規模解析!硬膜外麻酔がASDのリスクを高める可能性は?
【原文】Labor epidural analgesia and subsequent risk of offspring autism spectrum disorder and attention-deficit/hyperactivity disorder: a cross-national cohort study of 4.5 million individuals and their siblings
【和文】分娩時の硬膜外鎮痛とその後の子供の自閉症スペクトラム障害および注意欠陥・多動性障害のリスク:450万人とその兄弟姉妹を対象とした多国間コホート研究
【雑誌】Am J Obstet Gynecol. 2023 Feb;228(2):233.e1-233.e12.(ハウケラン大学:ノルウェー)
【URL】https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35973476/
【インパクトファクター】5.925

【背景】 分娩時の硬膜外麻酔は子どものASDの割合増加と関連する可能性が示唆されているが因果関係が不明

【目的】 ASD児の出産データから分娩時の母親の硬膜外麻酔使用と子供のASDとの関連を評価

【内容】
✅フィンランド、ノルウェー、スウェーデンによるコホート研究。トータル449万8462名(女性48.7%)の解析
✅ASDは1.2%でADHDは4%でありリスク比は各々1.2と1.07だった
✅今回の結果は硬膜外麻酔がASDやADHDを引き起こすという結果にはなっていなかった

2021年にJAMAで発表になっていた報告の再現通りとなっており、リスク比はほぼ変わらず硬膜外麻酔がASDのリスクを高めているわけではないという結果でした。 また本検証はADHDについても確認していますが、その頻度も疫学の通りとなっておりリスク比もほぼ違いはないという状況です。

この事からも、現時点では硬膜外麻酔が神経発達症を引き起こすという事は考えにくいという結論に達しています。

更にイスラエルからも同様にリスクはないという報告も続いています。

🔴無痛分娩時の硬膜外麻酔はASDリスクを高めるか?
【原文】Remote Assessment of ADHD Symptoms Based on Mobile Game Performance in Children with ADHD: A Proof of Concept
【雑誌】Eur J Anaesthesiol.2023 Dec 12(ソロカ大学:イスラエル)
【URL】https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38084085/
【インパクトファクター】4.183

【背景】 母親が無痛分娩時に硬膜外麻酔を受けた子どものASDとの関連は議論が続いている

【目的】 過去の記録から硬膜外麻酔とASDの関連を調査

【結果】
✅分娩時硬膜外麻酔を受けた3万3315人を過去を遡って解析
✅分娩時硬膜外麻酔はASDと関連していなかった

という結果になっており、各国でも問題はないという方向性で一致しつつあります。

【まとめ】なぜ過去の報告と最近の報告に差異があるのか?

2020年にアメリカでJAMA Pediatricsに無痛分娩時の硬膜外麻酔がASDリスクを若干高めるという論文が出ました。
その事を受けて、アメリカ本国、欧州やイスラエルなどで大規模なデータを使ってこの真偽に付いて調査を行っています。

その結果、関連性がなかったと言う報告が相次いでいます。

では既報はなぜ硬膜外麻酔群でASDが多い傾向であるかのようになっていたのか?

そもそも2020年の報告は「結果論」であり、なぜそうなったのか?という因果関係も不明、硬膜外麻酔だけでASDが生じる機序も不明でした。最近の報告は、過去の経験を鑑み、母親の年齢や妊娠期間(早産かどうか)や併存疾患(高血圧、糖尿病)や民族間や所得状況などで調整して、因果関係を細かく確認する傾向が強まっています。この点が科学の素晴らしいところで、過去の問題点をクリアにするための研究を積み重ねている結果とも言えそうですね(●´ω`●)

そのアップデートの結果、硬膜外麻酔ではなくて別の要因が問題なのではないか?と考えられるわけです。

また、仮説として考えられていた、

✅硬膜外麻酔は胎盤を通じて母体及び胎児に移行
✅母体に何かしらの影響があるかもしれない
✅網膜外麻酔は母体の免疫機構を活性化する
✅免疫的にIL-6の産生で母体を守るが、一方で胎児の神経炎症にも関連

が本当であったならば、もっと顕著な差がでていてもおかしくはないでしょう💦

今後は、今までの報告を基にして、多変量解析(様々な多くの因子から関わりのある因子を調べる手法)での解析をいれてみると、硬膜外麻酔よりも別の因子がASDに関連しているということがわかるのかもしれません。

総じて言えば、現時点で硬膜外麻酔による無痛分娩は、しっかりした専門機関で受けることで心配することはないと考えられます。

日本ではまだまだ無痛分娩は少ない状況です。その理由としては、
✅実施できる専門機関がまだ少ない(徐々に増えつつはある)
✅医院側も少ないキャパシティで行っているので繁忙期には予約が取れない
✅無痛分娩に対する安全性を気にする傾向がある
✅自然妊娠に比べてコストが10~20万ほど増加してしまう

などの点もそれを阻害していることになるかと思いますが、少なくとも今回のケース(ASDなど神経発達症)のリスクを増大するか?という点に関してはNoであると言えるのではないでしょうか?

正しい理解とともに、正しい医療に妊婦さんが繋がることで、安心安全なお産に繋がることを願っています。

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この記事を書いた人

海外での子育て事情や科学論文などから日本の育児に行かせる内容を情報共有していきます。自分の子が発達特性持ちなので、発達障害関連の話題も盛り込むかと思います。

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